時は進み『闇千年城』では・・・

「ねえ兄ちゃん、王様まだ起きないの?」

「ったく・・・少しはおとなしく待ちやがれ。やっと昏睡から回復しつつあるんだからよ」

「そうよ『光師』。もう直ぐだから待ちなさい」

はやる『光師』を他の『五師』が宥める。

いや正確には『四師』だろうか。

「はあ・・・兄上・・・遅すぎます・・・も、もしや兄上の身に何か?」

『闇師』が『光師』以上に落ち着き無くうろうろしていた。

「いや、『闇師』それはありえないと思うが・・・」

「確かに、『影』殿が倒されるなどありえないだろう」

『炎師』・『地師』の反論も火を煽る風に過ぎなかった。

「何を言うのです!!もし兄上に何かあったら・・・」

その時

「今戻った皆」

その『影』が帰ってきた。

黒の書六『蘇生』

「旦那、お疲れ・・・」

『風師』の言葉が止まる。

「どうした?」

「いや・・・旦那なんか嬉しそうじゃねえか?」

「ああ・・・判るか?」

事実『影』の表情は今までに見た事も無い満ち溢れた歓喜に満ちた表情でいた。

それに気付いた他の『五師』も怪訝そうに『影』を見ている。

「皆、そんなに不思議か?俺がこんな表情をしているのが?」

「いや、不思議じゃあねえけど・・・って言うか旦那、どうしたんだ?昔のように『俺』を使うなんて」

「ああ・・・そうだな・・・歓喜の余り言葉使いまで以前に帰った様だ」

しまったと言うような口調ながらもその表情から歓喜と笑みは消える事はない。

だが、それを半ば強引に押し込めると妹であり、『六師』長である『闇師』にいつもの口調で尋ねる。

「エミリア、陛下のご容態は?」

「は、はい、兄上、陛下は」

「案じさせたな『影』・『六師』」

『闇師』の声に重なる様に声が響く。

「「「「「「「!!!!」」」」」」」

振り返るとそこには

「「「「「「陛下!!!」」」」」」

「王様!!!」

彼らの主君『六王権』が力強い足取りでこちらに向かってきていた。

それに一目散に駆け出すのは歓喜の表情の『光師』。

「王様!!!!」

その胸に飛び込み、『六王権』も『光師』を受け止め肩に乗せる。

「陛下、もう動かれても大丈夫なのですか?」

「ああ、魔力が不足していただけだ。後の身体状況には何の異常も無い。『影』・『六師』」

己の忠実な臣下の前に立つ『六王権』。

「「「「「「はっ!!!」」」」」」

「はいっ!!!」

「お前達のおかげで私も無事に復活する事が出来た。改めて礼を言うぞ」

「もったいなきお言葉」

「そうです。我ら側近衆は悉く陛下の御為に動く事は当然の事」

「むしろ陛下に負担を強いた我らこそが陛下に謝罪と感謝を述べねばなりません」

「気にするな『炎師』。さて・・・では皆、改めてだが、全員再びここに集った事を喜び合おう。ささやかだが宴も用意した」

「陛下!それって酒付ですか?」

「無論だ。『闇千年城』によって今の時代の料理と酒を造り出した。存分に楽しんでくれ」

「流石は陛下!」

「全く・・・あんたは・・・」

「まあ仕方あるまい。『風師』は根っからの祭り好きだ。これ位は大目に見てやろう」

「はあ・・・」









『闇千年城』舞踏の間。

ここには既にさまざまな食事と酒や後子供向けの飲料がふんだんに用意されていた。

まず、全員がそれぞれ飲み物をグラスに注ぐ。

「ラルフ、ほらよ」

「悪いな。ユンゲルス」

「あなたどうぞ」

「ああ、メリッサ。お前はこれで良いか?」

「はい。あなたが下さるものでしたら」

「え〜っ!僕も兄ちゃん達と同じの飲みたい」

「駄目よ!『光師』あんたはこっち!!」

「エミリア、ここに置いておくぞ」

「はい兄上!!」

「さて行き届いたな。では皆、永き時を超え再び我が元に集ってくれた事心より感謝する。明日よりは我が手足となり働いてくれ。だが、今宵は遠慮は要らぬ。存分に封印された憂さを晴らしてくれ。では乾杯」

「「「「「「「乾杯!!!!」」」」」」」

この歓声により宴は始まった。









数刻の後、

既に食事よりも酒に重点を置いていた。

一人、底なしの胃袋を思わせる『光師』を除いては。

「うわ〜これも美味しい!!次はこれ!」

「あらあら、口が汚れているわよ」

そんな『光師』を自分の子供の様に世話をするのは『水師』。

ナプキンを手にソースでべとべとになった『光師』の口を拭いている。

「もう、メリッサ姉さんニックに甘すぎですよ。こいつも自分で出来る歳なんですから」

この時だけは本名で呼びかける。

「良いじゃないの。エミリアちゃんも『影』殿の世話に掛かり切りなんですから」

「!!あ、兄上の世話をするのは妹として当然の事です!!」

「そうかしら?だったら一緒にユンゲルス君の事も甲斐甲斐しく世話してあげたら?」

「もう!!あいつともそんな関係じゃありません!!」

「あら?そういえば、ユンゲルス君は?」

「静かだと思ったら・・・いないわね。そういえばラルフもいないし、ニコラス兄さんもいない」

「本当だわ。『影』様もそれに陛下まで?」

そう、いつの間にか『水師』・『闇師』・『光師』以外の男性陣は姿を消してしまっていた。









時を若干戻そう。

祝宴の喧騒からこっそり抜け出し、『闇千年城』バルコニーにて、手すりに寄りかかりながら、シャンパンをちびちび飲んでいる人影があった。

「珍しいなユンゲルス。お前がそんなところで飲んでいるなんて」

「文句あるか?ラルフ。俺だってこうやって飲みたい時があるって」

「それもそうか。最も何十年周期の出来事だが」

「けっ」

憎まれ口を叩きあいながら『炎師』は『風師』の隣で手すりにもたれかかる。

「・・・もう何年たつかね」

「・・・何百年・・・いや、何千年か・・・」

不意に二人はしんみりした口調となる。

「そうだな。たしか・・・いや、もう忘れたな。それだけ永き時を俺達は共に過ごしてきたのだから」

「ああ、俺達があの時陛下にお会いしてから全てが変わった」

「元は人間だった俺達が一瞬で人間の敵とはな」

「だが、俺は後悔してねえぜ。毎日楽しいしよ」

「そうだな。俺も後悔していない」

「それに」

「何よりも」

「「お前がいるからな」」

二人は笑いあった。

「ここで飲んでいたか」

「おっ、ニコラスのとっつあん」

「どうされたのです?奥方に付きっ切りでなくても宜しいのですか?」

「今、メリッサはニックの世話だ。私もたまには羽根を伸ばしても良いのではないか?」

「それもそうですね」

笑いながら『炎師』は手に持っていたウイスキーをストレートで注ぐ。

それを一息に飲み干す『地師』。

「ったく・・・やめとけラルフ。カラカラに乾いた地面に水注ぐのと同じだ」

ぼやきながら『風師』は手持ちのシャンパンを飲み干す。

「やっているな。私も混ぜさせてもらおう」

「これは『影』殿」

『影』までやって来た。

マントを脱ぎ、素顔を剥き出しにして。

「旦那まで来たんですかい?」

「良いのですか?『影』殿?エミリヤがいじけますぞ」

「あいつもたまには楽にしてやらないと」

「あいつが旦那の世話に苦労するもんか。むしろ嬉々として進んでやるぞ」

「言えてるな。今の世界の言葉で・・・確か・・・ブラコンか?」

「言いえて妙だな。私から見てもエミリヤ殿は『影』殿に少々執着し過ぎている」

「止めておけ。あいつの耳に入ったらお前達全員瞬殺だぞ」

「冗談きついですぜ旦那。あいつがそこまで・・・やるか」

「やるな」

「間違いなく」

頷きあう『風師』・『炎師』・『地師』。

「そう言う事だ。そこまでにしておくのだな。さて手ぶらもなんだと思ってな私も土産はあるぞ」

そういって差し出したのはバーボン。

それを見て軽快に口笛を吹く『風師』。

「じゃあ飲みましょうぜ。俺もまだ確保してますから」

何時の間にやら『風師』の背後にはウイスキー、ブランデー、コニャック、シャンパン更には日本酒や焼酎に老酒、果ては泡盛まである。

「と言うか何時の間にそこまで・・・」

「まあ良いではないかラルフ殿」

「はあ・・・」

「では私も混ざっても問題ないか?」

「はいそれは・・・って!!!陛下!!!」

「「!!!!」」

文字通り飛び上がる『風師』と『炎師』。

腰を浮かせる『地師』。

「これは陛下どうなされたのです?」

唯一平静に問いかける『影』。

「なに、私も少し静かな所に行こうと思ってな」

「では陛下も飲まれますか?」

「ああ頂こう構わぬか?『風師』?」

「ええ無論です。陛下どうぞ」

「ああ」

『六王権』から始まり、『影』、『地師』、『炎師』、最後に自分のグラスに手酌で注ぐ。

「では改めて乾杯」

「「「「はっ」」」」

全員一気に飲み干す。

「ふう・・・そうだ『影』」

「はっ、なんでございますか?陛下」

「随分と高揚しているな」

「判りましたか?」

「当然だ。お前は私の半身。お前自身よりもお前の事を良くわかっている」

「ははは。かないませんな陛下には」

「でどうした?お前が喜ぶに相応しい出来事があったのか?」

「はい・・・全てを賭けてでも打破したいと心の底から思う者と出会いました」

「そうか」

『影』の言葉を静かに頷く『六王権』

対してそれに驚くのは他の三師。

「へっ?旦那が?」

「ああ」

「その者とは・・・一体何者ですか?」

「人間だ。ただのな・・・」

「ただの人間を?」

「だが、その魂の強さは本物だ。そして・・・あの男は無限の可能性を未だその内に秘めている」

「へえ・・・でも旦那を超えるまではいかねえだろ」

「ああ今はまだ私の方が上だ。あの男、どう言う訳か知らぬが己に封印を施している」

「封印??」

「ああ・・・だが、いずれその封印をも超えるだろう。そうなれば奴は急速にあの領域へと足を踏み込む。そうなれば私に並ぶ・・・いや、超えるかもな」

彼らにとってそれは最悪の予想であるにも拘らず、その声はそれを恐れておらず、むしろ期待しているかのようであった。

だがそれ所でないのが周囲の三師だ。

「へっ!!」

「い、いや!!それこそありえまい」

「そうだぜ!!旦那はあれ・・・なんだろう?」

『風師』の詰問に『影』は静かに否定する。

「いや・・・私は未だその領域に辿り着いてはいない・・・」

「だが・・・『影』殿は持たれているだろう!!あの世界を」

「ああ、だがそれだけでは足りない・・・まだ俺には持っていないものがある」

「「「・・・」」」

沈黙が続く。

「まあ良いだろ、俺の事は。それよりも飲もう」

「ああ・・・」

静かに注がれていく酒を静かに飲み干す面々。

こうして天空の酒宴は暫し続いた。









宴も終わり全員再び大広間に集う。

「さて、皆、今宵はゆっくりと休んでくれ。そして明夜、闇鳥が鳴いた時、会議室に集まってくれ。今後の我らの戦略の意見を纏めたい」

「「「「「「はっ!!」」」」」」

「はいっ!!」

その掛け声を最後に『六王権』は自室に下がり『六師』もそれぞれ自室に下がる。

「さて・・・」

『影』もまた自室に戻ろうとした時

「兄上・・・」

「エミリヤ?どうした?」

自分の部屋の前に妹が立っているのを見つけた。

「その・・・今日は眠れなくて・・・寝れるまで一緒にいて構いませんか?」

「そんな事か。ああ、構わないぞ」

「ありがとう兄上・・・」

まるで幼子の様に微笑む『闇師』。

そんな妹の姿に微笑む『影』。

二人は揃って寝室に連れ添う。

ここで二人が恋人同士であれば甘き一時になるのだが、その様な事にはならず、ベットに横になった『闇師』は傍らに腰掛けた『影』の手をぎゅっと握り締める。

「お前が眠るまで傍にいてやるから・・・ゆっくりお休みエミリヤ」

「うん・・・お兄ちゃん・・・」

そう言うと静かに寝息を立ててやがて眠りに着いた。









場所を変えて・・・

「あなた・・・」

「メリッサ、ニックは寝たのか?」

「ええ、もうベットで夢の中よ」

『地師』と『水師』二人にあてがわれた部屋は『光師』の部屋とは直ぐ隣にある。

寝台に腰掛けていた『地師』の傍らに『水師』が寄り添う。

「あなた・・・お願い抱いて。永き時を経て私・・・あなたの温もりすら忘れてしまった。だから私にあなたの温もりをもう一度刻み込んで・・今度は永久に忘れない為に」

酒に酔ったかのように白磁の肌を赤らめ、潤んだ瞳で彼女が世界でただ一人愛した男に懇願する。

夫はそんな妻の姿にどうしようもなく愛おしく想い、彼もまた妻を求め、更に密接させようと抱き寄せる。

そして二人は抱きしめ合いながら寝台にもつれ込んだ。









「かんぱーい!!」

「乾杯」

さらに『風師』にあてがわれた部屋では『風師』と『炎師』がまだ酒を飲み交わしていた。

「やれやれ一体お前どれ位用意してきたんだ?」

半ば呆れ果てる。

「まあ良いじゃねえか飲もうぜ!!」

「まあ・・・良いか。では存分に飲み合おう」

「おうよ!!飲め飲め!!」

二人だけの宴会はもう暫し続いた。









そして・・・自室で『六王権』は己の血で描かれた魔方陣で浮遊していた。

体力面では全快している。

だが、魔力は未だ全快には程遠く、『天の杯』から『影』が奪取したそれを完全に取り込めず今もこうしてじわじわと飲み込み自分の身体に馴染ませていた。

「・・・ふううううううう・・・」

無音の部屋でただ息吹のみが響く・・・

静かに眼が開かれる。

「・・・我が主よ・・・此度こそは遺言を果たして見せます・・・そして・・・お前も早く俺の元に来い・・・俺とお前・・・そして『影』に『六師』・・・これだけいれば恐れるものは何一つ無いのだぞ・・・陰(いん)

再び眼は閉じられた。

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